渡米の経緯こそ違え、神田は、ジョン万次郎と同じような英語とのつき合い方をしている。いずれも一四歳のときにアメリカに渡り、かの地で九年近く教育を受けている。ジョン万次郎もまた、帰国時には日本語が話せなくなっていた。彼が帰国後に描いた設計図の裏などには、漢字を練習した努力の痕跡が見られるという。いずれにせよ、ジョン万次郎も神田も、それぞれの時代において、英語教師として大いに尊敬された。だがジョン万次郎、神田とも、英語圏での生活が長過ぎたために、自分が身につけた英語を教えることはできても、それを一般の日本人のために体系化することができなかった。ここに二人の悲しい共通点がある。いずれも、母語話者の英語教師と同じように英語に関する情報提供者として活躍したものの、後代の英学史・英語教育史に残る業績を残してはいない。海外に一度も出たことのない英学の巨人・斎藤秀三郎は、現代にまで受け継がれている学校英文法の基礎を築き、一人の人間の手になるものとは思えぬ膨大な数の著作を残した。斎藤の全著作を積み上げると、三メートル近くになるという。彼の76代表作たる『熟語本位英和中辞典』(一九一五年に初版出版)と『斎藤和英大辞典』二九二八年に初版出版)などは、いまだに改訂や復刻を施されて版を重ねている。だが、いまの英語学習者のなかに、神田乃武の名前を知っている人間が何人いるだろうか。彼が作った教科書をひもとくものが一人でもいるだろうか。
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