情報コストというのは、ふだんはなかなか気がつかないが、物流コストと同様に、経済活動の制約条件としてきわめてウェイトが大きい。たとえば大昔のことを考えれば、遠いところにいる人とコミュニケーションするためには、あるいは徒歩で、あるいは馬を使い、船を使い、駕龍を使い、何日も「時問のコスト」を費やして、あるいは「身の危険」というコストを支払って会いに行かねばならなかった。手紙をやりとりするにしても、早飛脚を使うには特別の地位にある者でなければ購えないコストがかかり、それでもやりとりできる情報量は限られていた(つまり情報量一単位あたりのコストは直接会いに行く場合とさほど変わらなかったのではないか)。現代に飛んでも、見も知らぬ大量の顧客に商品を買ってもらうためには、広告という情報コストを支払わなければならない。企業組織も同じだ。何かモノをつくって販売するためには、知識や情報を共有できる複数のスタッフが必要であり、しかも常に連絡を密にし、情報を交換し合わねばならない。あるいは物理的には少ない情報量でも実質的には大量の情報をやりとりする((一を聞いて十を知る)ことができれば効率的だが、それには共通の地盤または歴史を持たなければいけない。すなわち、同じ目的を共有する人たちが空間的にも時間的にも近いところにいることが、情報コストを小さくするのにもっとも合理的な方法だった。仕事ができて関係が浅いパートナーよりも、多少仕事ができなくても関係の深いパートナーと組んだほうが、トータルのパフォーマンスはよかったのである。メーカーと系列部品メーカーと系列販社との結合についても同じことが言えるだろう。
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