冷笑主義は区別を必要としない

2011.03.31

彼女のフォーラムは娯楽とニュースのハイブリッド型テレビワイドショーという、ますます人気のあるジャンルの一つだった。確かに、私達は何か健康を保つのによくて、何か生活を脅かすかを是が非でも学びたく思う。しかし健康を脅かす危険に関するニュースを受け入れる動機はそれだけではない。気晴らしも望んでいる。危険な製品を人々に売りつけようとする大企業の陰謀だと告発することは、時々は政府機関との共謀説を伴って、そのニュース固有の興味を増し、それ故にその娯楽的価値をも増す。正当な義憤は強烈な刺激であり、同じような意見をもつ人々の間で強い社会的絆になる。冷笑主義は区別を必要としないので、懐疑主義よりずっと楽だ。冷笑主義では、信頼できる証拠と信頼できない証拠、大きい危険と小さな危険、ありそうな結果とありそうもない結果、合理的なものと突飛なものとを区別する必要がない。であるから、懐疑主義より上位のものとして冷笑主義に屈するのは簡単な解決法だ。それはまた、あらゆる出来事をますます片寄った解釈で理解する傾向とぴったりかみあう。一律的な冷笑主義は、何かを理解できたような錯覚を私達に与え、今後いよいよ予想不能の世界で確実さの幻影さえも与え、そして、硬直した世界観をもたらす。冷笑家は、健康を脅かすどんな恐怖も、大企業やエリートのために政府が大衆の利益をまたしても無視する表れと解釈する。何も不確実のものはない。さらに、冷笑的である限り、健康を脅かす恐怖の実態をいちいち深く考える必要はない。行く末に期待がもてないと思う人々には、科学について考えなくてもよいのは大いなる救いだ。多くの人々は〈科学的な懐疑主義〉の精神を奮い起こしたとしても、く政治的な冷笑主義〉を支持するがために喜んでそれを放棄する。
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