ソクラテスの最期は、青年たちとの対話がもたらす知恵への愛の実践が、一般の人々には理解されにくかったこともあり、青年たちを堕落させた等の罪で告発され、裁判にかけられ、死刑の判決が下されて、自ら毒杯を仰いでその生涯を終えたのである。さて、ソクラテスの産婆術という対話の仕方は、まずは青年たちに問いを投げかけ、その問いに答えさせた後に、ソクラテスが執拗に反駁・吟味を続けるという順番をとっていたといわれている。これは、今現在の教育一般に通ずる方法といえるものであろう。つまり、教育とは、子どもに対して教師の側か一方的に知識を押し付けるものではなく、子どもを先に走らせることによって、子どものレベルを教師が知ることができ、教師が子どものレベルに合わせ、両者が同じ土俵に立ち、知識を共有することではじめて成り立つのではないだろうか。
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