ファッショニスタぶりは有名

2011.06.06

一九二七年―チャールズ・リンドバーグが大西洋を横断飛行し、初の家庭向けテレビ放映が行われ九月半ばの、フランスはニースでの出来事だった。ある夜、友人たちと外で食事をしていたイサドラ・ダンカンは、小粋なスポーツカーと、その持ち主の逞しい若者、ブノワ・ファルケットに目を留めた。今ではモダン・ダンスの祖とも呼ばれる五〇歳のアメリカ人ダンサーは、ほぼ息子ほども年の離れた「ギリシャ神話の神」のようなファルケットを口説いて、プロムナード・デ・ザングレのテスト走行に同乗させてもらうことにした。イサドラは、少しばかり風変わりだがシックなファッション・センスの持ち主として知られていた。ステージ上では肌も露な衣装(少なくとも当時の水準で言えば)に裸足のスタイルを好んだため、ロンドンやパリの上流階級にしばしば衝撃を与えたものだ。彼女のファッショニスタぶりは有名で、「ゆったりしたクラシックなローブに、ポワレ、キャロ姉妹、ルシールといったデザイナーのガウンで変化をつけていた」と、『イサドラ―センセーショナルな人生』の著者であるピーター・カースが述べている。当時アンファン・テリブルと呼ばれたポール・ポワレは、一九二一年、彼女のソビエト遠征用の服をこしらえている。