保証してくれる人は誰もいないのが結婚

2011.08.11

いくら科学的に考えても、つまり事実と論理に基づいて考えても、今ひとつ釈然とせず、迷いがふっ切れないことがある。それは結婚に限らず人生の事柄はすべて「安全保証つき」ではないからである。冷蔵庫や洗濯機と違って、保証してくれる人は誰もいないのが結婚である。恵まれた結婚でも一夜にして不幸になることがある(例・配偶者の事故死、倒産など)。気乗りしない見合い結婚だったのが、自分の父母の面倒をよく見てくれる配偶者に感謝し仲睦じい夫婦に変容することもある。つまり、結婚は不確実性(先が約束されていない)が特徴である。考えに考え抜いても「これで100パーセント大丈夫だ!」ということがない。それゆえ、すべての結婚は賭けである。賭けではあるが考えた末の賭けである。賭けを恐れて迷う人は「賭けに外れたら生きていけない」「賭けに破れたら人生は終わりである」と考えていることが多い。これはこう考えたほうがよい。「賭けに外れるのは決して快適ではないが、八方ふさがりではない。そのときにはどう対応したらよいかを考えればよい」と。ところで、アメリカ人は自分の配偶者の悪口はいわない。「うちの主人はケチでね」とか「うちのかみさんは口うるさいんだ」と愚痴るのは「私はこんな変な人間しか選べない人間なのです」という宣言になるからである。つまり、結婚というのは自分が選んでした行為なのである。それゆえ、相手が悪かったから自分の結婚はうまくいかなかったと思うのではなく、私の選択が下手だったからうまくいかなかったと考えるほうが生産的である。自分の人生の主人公は自分であるという姿勢で結婚問題を考えるとよい。「いい結婚」をするためには、まず何よりも人生の選択ができる自分がいなくてはならない。迷いや不安があるなら、その解決法を知ればいい。そして、最終的には後悔しない選択をしてほしい。